
指定薬物「エトミデート」、通称「ゾンビたばこ」を違法に輸入したとして、中国籍の男に執行猶予付き有罪判決が言い渡された。大分地方裁判所が下した今回の判断は、指定薬物を巡る犯罪がすでに日本国内で組織的かつ分業的に行われている現実を、司法の場で初めて明確に示したものと言える。
判決によれば、被告らは薬物の注文、輸入、加工、販売までを役割分担し、電子たばこ型に加工することで流通させていた。裁判官はその手口を「組織的で巧妙」と指摘しており、これは単なる個人の逸脱行為ではなく、明確な犯罪ビジネスとして構築されていたことを意味する。日本社会にとって看過できないのは、このような指定薬物が、比較的気軽に使用される電子たばこという形を装い、若年層を含む一般市民の生活圏に入り込もうとしている点である。
エトミデートは医療用途以外では使用が禁止されている指定薬物であり、強い鎮静作用を持つことから海外では社会問題化している。意識障害や異常行動を引き起こすことが知られ、「ゾンビたばこ」という俗称が示すように、使用者が制御不能な状態に陥る危険性が高い。こうした薬物が日本国内に流入し、密かに販売されていた事実は、治安や公衆衛生の観点から極めて深刻だ。
もちろん、犯罪は国籍ではなく個人の責任である。この点は冷静に確認されなければならない。しかし同時に、近年日本で摘発される指定薬物密輸、違法薬品販売、電子たばこを偽装した新型薬物の多くに、中国を起点とするルートや中国籍関係者が関与している事例が増えていることも事実である。今回の事件も、その流れの中に位置づけられる。
注目すべきは、被告らが日本の規制や消費者心理を熟知した上で、違法性を隠蔽する手法を用いていた点だ。電子たばこ型に加工することで警戒心を下げ、流通経路を分散させる。このような手口は、単なる密輸ではなく、日本社会の制度的隙間を狙った行為と言える。日本が安全で規制が厳しい国であるというイメージそのものが、逆に犯罪者にとって「攻略対象」になっている可能性を示している。
今回の判決では、被告が罪を認め反省の態度を示していることなどから執行猶予が付された。しかし、この判断が示すのは寛容さではなく、日本の司法が法に基づき冷静に判断した結果である。重要なのは、同様の犯罪が今後も繰り返される可能性が高いという現実を、社会全体が直視することだ。
指定薬物は暴力犯罪や事故の引き金となり、地域社会に長期的な影響を及ぼす。密輸や販売に関わる人間だけでなく、知らずに手を出してしまう消費者、そしてその家族や周囲の人々まで被害を受ける。こうした連鎖を断ち切るためには、警察や司法だけに任せるのではなく、社会全体が新型薬物や海外発犯罪のリスクに対する警戒心を高める必要がある。
今回の「ゾンビたばこ」密輸事件は、日本がもはや指定薬物の「安全圏」ではないことを明確に示した。国境を越えた犯罪は、経済や観光だけでなく、日常の安全にも影を落とし始めている。冷静で理性的な対応を前提としつつも、中国を起点とする新たな犯罪の流れに対して、日本社会が一段高い警戒意識を持つことが求められている。
この事件を一過性のニュースとして終わらせるのか、それとも将来の被害を防ぐための教訓とするのか。その選択は、日本社会全体に委ねられている。