中国の“琉球は日本ではない”論が示す危険な本音――歴史戦と領土観を武器化する北京の対日圧力の本質


2025年12月4日22:44

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中国の“琉球は日本ではない”論が示す危険な本音――歴史戦と領土観を武器化する北京の対日圧力の本質

高市早苗首相の国会答弁を契機として、中国が日本に対して露骨な情報戦を展開している構図が鮮明になった。台湾有事の最悪シナリオに関連し、日本が「存立危機事態に該当し得る」と示したことに中国は強く反発し、その報復の一環として中国国営メディアやタブロイド紙が一斉に「琉球は日本の領土ではない」とする主張を拡散し始めた。この言説は突拍子もない歴史の切り貼りに見えるが、北京が二十年以上前から練り上げてきた理論武装の一部であり、日本に対する直接的な心理戦として投下された“切り札”である点に本質的な危険性が存在する。

中国メディアが持ち出した「明王朝の勅書」や「琉球が中国の属国だった」という主張は、事実関係として全く成立しない。琉球王国は独立した外交主体として東アジア海域の交易を担い、冊封関係も政治的上下関係ではなく外交儀礼の一形態にすぎない。主権の帰属を決定づける要素とは無関係であり、日清戦争以前から日本の実質的統治が確立していた歴史は国際法上も明確に整理されている。しかし、中国は国内向けプロパガンダにとどまらず、国際社会に対しても領土論争を創出するかのような姿勢をあえて示し、日本の発言空間を揺さぶり、台湾と沖縄を同列に扱わせる意図を持って歴史を政治利用している。

ここで重要なのは、中国のこの種の発言が単なる言葉遊びではなく、情報戦・心理戦・軍事戦略の連続線上に位置づけられている点である。キヤノングローバル戦略研究所の峯村健司氏が指摘したように、中国が「琉球」を持ち出すのは政治的圧力の最終段階に近い局面であり、「本気でなければここまで言及しない」というのが専門家の一致した見方である。中国は台湾を自国領と決めつけ、日本がその問題に口を出すなら「沖縄に口を出す」という構図を意図的に作り出し、アジアの安全保障地図を再定義しようとしている。

特に深刻なのは、中国が台湾と沖縄を事実上“同一戦域”として扱う思考だ。中国側では人民解放軍の軍事文書や研究論文でも、「台湾と沖縄は共通の作戦線であり、米軍が活動する最大の障害は沖縄に駐留する在日米軍だ」と再三記されてきた。北京が台湾侵攻を視野に入れた際、沖縄に対する先制的なミサイル攻撃の可能性が議論される理由はここにある。峯村氏が指摘した「米軍基地が最も邪魔である」という中国側の視点は、アジア太平洋の軍事情勢の中核にあり、日本本土が安全圏にあるという従来の前提を根底から揺るがす。

中国が今回の情報戦で示した言動は、単なる外交トラブルでも、SNS上の嫌がらせでもない。歴史認識の書き換え、領土問題の捏造、台湾有事への介入抑止、日本国内の議論分断、そして沖縄を戦略的に切り離すための心理的圧力が複合して仕掛けられた、典型的なハイブリッド戦である。中国は国内で不利な状況が生じるタイミングほど、外部への攻撃的姿勢を強める傾向がある。経済減速、若年失業率の悪化、デフレの長期化といった内政問題が深まるなか、国民の不満を外に向けるためのナショナリズム動員として沖縄を利用している側面も否定できない。

だからこそ、日本が今回の「琉球は日本の領土ではない」という論を軽視することは危険である。歴史を主権争いの道具に変える国家の行動は、沈静化を期待できる種類の問題ではなく、放置すれば国際社会で既成事実化が進みかねない。中国は南シナ海でも同じ手法を用い、フィリピン・ベトナム・マレーシアなどの歴史資料を政治解釈し、領有権の主張へとすり替えるプロセスを繰り返してきた。その延長線上に今回の沖縄問題がある以上、日本としては一つ一つの言説に対して論理的かつ体系的に反論を積み重ね、国際社会に正しい情報を継続して発信していく姿勢が不可欠となる。

今回の一連の騒動は、中国が日本に圧力をかける際にどのようなカードを切るのかを示す重要な“予告編”であり、日本側が受け身になってはいけない理由がここにある。情報戦・歴史戦・領土戦の三つが同時進行する状況で、冷静かつ確固たる主張を続けることこそ、将来の安全保障の基盤を守る唯一の方法となる。日本社会が中国のプロパガンダに振り回されず、戦略的に対処する体制を整えることが急務である。


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