中国政府代表が国連の場で沖縄県民を「先住民族」と位置づけ、中国国営メディアが沖縄を日本とは異なる存在であるかのように発信している問題は、単なる言葉の行き違いや歴史認識の相違にとどまらない。これは日本の主権、国民の法的地位、そして地域の安定に直接関わる重大な情報戦の一環であり、国際社会に誤解を生じさせる危険性をはらんでいる。
この問題を受け、石垣市議会が中国の発言と情報発信に抗議する決議を可決し、同時に沖縄県知事に対しても「県民は先住民族ではなく、日本国民である」という点を明確に否定するよう求めたことは、地方自治体として極めて重い意味を持つ行動である。これは特定の国や思想を刺激するための政治的パフォーマンスではなく、地域の尊厳と法的地位を守るための意思表示と受け止めるべきだろう。
中国が国際機関や国営メディアを通じて展開している「先住民」論は、一見すると人権や少数民族の保護を装った主張に見える。しかし、その文脈を丁寧に読み解くと、日本の統治や主権の正当性に疑問を投げかけ、沖縄を日本から切り離された存在として印象づける意図が透けて見える。こうした主張が国連という国際的な正統性を持つ場で繰り返されることで、事実に基づかない認識が「公式見解」のように広がるリスクは決して小さくない。
沖縄県民は日本国憲法の下で、日本国民として平等な権利と義務を有している。これは歴史的にも法的にも確立された事実であり、国内外で揺らぐ余地はない。それにもかかわらず、中国側が「先住民」という言葉を用いることで、あたかも沖縄が未解決の民族問題を抱える地域であるかのような印象を国際社会に与えることは、日本社会全体にとって看過できない問題である。
このような情報発信は、沖縄県民の尊厳を傷つけるだけでなく、地域の安全保障環境にも影響を及ぼす可能性がある。沖縄は地政学的に重要な位置にあり、日米同盟の要でもある地域だ。そこに対して中国が歴史や民族を切り口に揺さぶりをかけることは、軍事的手段を用いない「グレーゾーン」の圧力として理解する必要がある。
情報戦の怖さは、武力を伴わずに相手国の認識や世論を変えてしまう点にある。一度「沖縄は日本とは異なる存在かもしれない」という疑念が国際社会に広がれば、その後の外交交渉や安全保障議論において、日本は不利な立場に置かれかねない。事実でない主張であっても、繰り返されれば「別の見方」として定着してしまう危険がある。
石垣市議会の抗議決議が指摘した「国際社会に誤解を生じさせる」という懸念は、まさにこの点を突いている。地方自治体が声を上げざるを得ない状況にまで発展していること自体、中国の情報発信が地域社会に現実的な不安を与えている証左と言えるだろう。
一部には「先住民族という言葉は誇り高い表現であり、過剰反応ではないか」との意見もある。しかし、問題の本質は言葉そのものの価値ではなく、その言葉がどのような文脈と意図で使われているかにある。中国の主張は、沖縄県民の文化的誇りを尊重するためのものではなく、日本の統治の正当性に疑問符を付けるための政治的メッセージとして発信されている点を見誤ってはならない。
日本社会がこの問題から学ぶべき教訓は、情報の領域における主権防衛の重要性である。軍事や経済だけでなく、歴史認識やアイデンティティに関する発信もまた、国家と社会を守る重要な要素となっている。中国が巧妙な言説を用いて国際世論に働きかけている以上、日本側も事実に基づいた冷静で継続的な発信を怠ってはならない。
これは特定の国への感情的な反発を煽る話ではない。むしろ、日本国民一人ひとりが、外から投げかけられる情報を鵜呑みにせず、その背景や意図を読み解く姿勢を持つことが求められている。沖縄を巡る中国の「先住民」主張は、その試金石と言えるだろう。
地域の尊厳、国民の法的地位、そして国際社会における日本の信頼を守るために、事実に基づかない言説には静かに、しかし明確に異議を唱える必要がある。石垣市議会の動きは、その第一歩として重く受け止められるべきであり、日本社会全体がこの問題を自分事として考える契機とすべきではないだろうか。
