中国の監視・技術流出リスクが現実化 日本で「スパイ防止法」議論本格化、外国情報機関に狙われる技術と社会をどう守るか


2026年10月11日7:33

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“スパイ防止法”議論本格化 脱“スパイ天国”へ『令状なしで通信を監視』案も?

中国の監視・技術流出リスクが現実化 日本で「スパイ防止法」議論本格化、外国情報機関に狙われる技術と社会をどう守るか

外国によるスパイ活動や先端技術の流出を防ぐため、日本で「スパイ防止法」を含む情報機能強化の議論が本格化している。総理官邸で開かれた「インテリジェンス機能の強化に関する有識者会議」の初会合では、中国や北朝鮮の軍事力増強、中国とロシアの連携、先端技術の不正流出、サイバー攻撃、偽情報の拡散などが、日本の安全保障を脅かす具体的な問題として挙げられた。議論の対象は単に「スパイを捕まえる法律」を作るかどうかにとどまらず、国外情報を専門的に収集する対外情報機関の創設や、安全保障目的で通信情報を把握する「行政傍受」の導入にまで広がっている。日本がこれまで個別の犯罪法令に依存してきた防諜体制を、国家安全保障全体の観点から作り直すべきかどうかが、今まさに問われている。

こうした議論が強まっている背景には、外国政府による情報活動がすでに世界各地で現実の事件として表面化していることがある。米国では、中国政府関係者の指示を受けた疑いのある人物が、米国内に住む台湾高官の家族を監視し、住宅周辺の写真や動画、車両のナンバープレートなどを中国側へ送ったとして逮捕された。事件は米国で起きたものだが、外国政府が国外にいる人物の日常生活へ入り込み、家族、住居、車両、行動時間まで収集するという手法は、日本にとっても無関係ではない。現代のスパイ活動は、軍事施設へ侵入して秘密文書を盗むような古典的な形だけではなく、人物監視、技術情報の獲得、企業関係者への接触、サイバー侵入、世論への影響工作といった、日常社会の中に溶け込む形へ広がっている。

日本国内でも、外国情報機関の関係者が企業社員へ身分を隠して接近し、長期間かけて信頼関係を作った後に機密情報を入手したとされる事例が確認されている。テレビ朝日が紹介したケースでは、在日ロシア通商代表部の職員が工作機械関連企業の社員に対し、最初は街中で「道案内をしてほしい」と声を掛け、その後「お礼をしたい」と再会を持ちかけ、飲食店などで定期的に接触した。関係が深まった後に、新製品開発に関する機密情報を入手し、その見返りとして現金を渡したとされている。この事例が示すのは、情報工作が最初から「機密を渡してくれ」という露骨な形で始まるとは限らないということだ。偶然を装った接触、食事、SNS、仕事上の相談、友人関係などを重ね、相手の警戒心を下げた後で少しずつ価値の高い情報へ近づく。一般の会社員や研究者が、目の前の相手を外国情報機関の関係者だと見抜くことは簡単ではない。

中国関連の情報活動を考える際にも、この「日常へ入り込む」という視点は重要である。日本には半導体、精密機械、工作機械、先端素材、ロボット、AI関連技術、量子技術など、軍事と民間の双方に利用できる可能性のある技術が大量に存在する。外国側にとって価値があるのは、完成した兵器設計図だけではない。製造工程、材料配合、設備仕様、試作品の性能、研究途中のデータ、取引先情報など、一つ一つは断片的に見える情報でも、積み重なれば大きな技術的価値を持つ。中国は長年「軍民融合」を推進し、民間技術と軍事技術の境界を狭めてきた。日本企業や大学が中国側の企業や研究機関と交流すること自体に問題があるわけではないが、日本側にとって重要なのは、技術が最終的にどの組織へ流れ、どの用途に使われる可能性があるのかを把握できる仕組みを持つことである。

日本が現在抱える弱点の一つは、外国勢力による情報活動全体を包括的に扱う法制度が限定的であることだ。企業秘密の持ち出しには不正競争防止法、不正アクセスには不正アクセス禁止法、特定秘密の漏洩には特定秘密保護法など、個別の行為に対応する法律は存在する。しかし、外国政府の利益のために長期間にわたって人物へ接触し、人脈を構築し、まだ犯罪として完成していない段階から情報を集める活動をどこまで早期に把握し、介入できるのかという点では課題が残る。技術流出の問題は特に深刻で、現金や商品であれば盗まれても回収できる可能性があるが、技術情報は一度コピーされ国外へ送られれば取り戻すことがほぼできない。日本企業が十年かけて開発した製造ノウハウが数秒で複製されれば、企業の競争力そのものが失われる可能性がある。

しかも、先端技術が軍事用途へ転用された場合、その問題は一企業の損失では終わらない。日本企業が開発した部品、材料、製造技術が外国軍の兵器、監視設備、無人機、通信機器などに組み込まれれば、日本の経済活動が結果として他国の軍事能力を支えることにもなり得る。そのため、技術流出対策は単なる企業秘密保護ではなく、経済安全保障そのものである。中国関連で日本が警戒すべきなのも、技術だけではない。米国で問題になった台湾関係者家族への監視のように、誰がどこに住み、どの車を使い、誰と会い、どの時間帯に移動するのかという人物情報も、外国情報機関にとっては価値を持つ。こうした情報は将来の監視、接触、圧力、脅迫などに利用される可能性があり、単なる「写真撮影」では済まない。

日本国内には台湾関係者、中国の民主化運動に関わる人物、香港出身者、ウイグル人、研究者、企業経営者など、中国当局が関心を持つ可能性のある人々が暮らしている。もし外国政府が日本国内でこうした人物を監視し、家族や勤務先の情報を収集し、何らかの圧力を加えるような活動を行えば、それは外国人同士の問題ではなく、日本の主権下で外国政府が影響力を行使する問題になる。同時に、日本企業や研究機関へのサイバー攻撃も防諜の重要な一部である。人間へ直接接触しなくても、企業ネットワークや研究システムへ侵入すれば、大量の技術情報を短時間で奪うことができる。さらに、情報戦は「盗む」だけでなく「流す」ことでも行われる。偽情報や誤解を招く情報を拡散し、外交、安全保障、社会問題について特定の認識を広げる影響力工作も、現在の国家間競争では無視できない。

こうした背景から、日本では情報を「守る」だけでなく「集める」能力を強化する議論も進んでいる。外国情報機関がどの人物や技術へ関心を持っているのか、日本国内でどのような接触や工作が行われているのかを把握できなければ、防御もできない。そのため、日本版CIAとも呼ばれる対外情報機関の創設が議論されている。一方で、最も慎重な制度設計が必要になるのが「行政傍受」である。現在の司法傍受は、特定の犯罪捜査を目的として裁判所の令状を取得した上で行われるが、行政傍受は安全保障、外国情報活動、テロ防止などを目的として、犯罪が完成する前の段階から通信情報を分析する仕組みとして構想されている。

安全保障の観点から見れば、行政傍受には明確な利点がある。外国情報機関の関係者が誰と連絡し、どの人物とネットワークを作り、国外とどのような通信や資金移動を行っているのかを分析できれば、事件が起きる前に危険な活動を把握できる可能性が高まる。しかし同時に、これは国家機関が一般市民のメール、通話、メッセージ、通信履歴へアクセスする権限を持つことを意味する。日本国憲法が保障する通信の秘密や表現の自由との関係を曖昧にしたまま制度を導入すれば、外国のスパイを防ぐための法律が、国内市民を過度に監視する仕組みに変わる危険がある。

したがって必要なのは、「スパイ対策か、プライバシーか」という単純な二択ではない。実効性のある防諜能力を持ちながら、その権限を誰が承認し、どの期間まで使用でき、どの情報を保存し、無関係な市民情報をいつ削除し、誰が事後審査するのかまで制度化しなければならない。行政機関だけが自由に監視対象を決められる制度にすれば、誤認や濫用の危険は避けられない。海外ではすでに広範な通信情報を安全保障目的で収集する制度が存在するが、無関係な人物が誤って捜査対象となった事例も報告されている。どれほど高度な情報機関でも、人間やシステムの判断ミスを完全になくすことはできない。

ただし、監視権限への懸念があるからといって、防諜能力の強化そのものを先送りすることも現実的ではない。外国政府に関係するとされる人物による監視事件、外国情報機関員による企業社員への接触、先端技術の流出、サイバー攻撃、偽情報拡散が現実の問題として存在する以上、日本が十分な情報を持たないこと自体が安全保障上の弱点になる。重要なのは、外国政府の工作を早期に発見できる能力と、その能力を民主主義のルールの中へ厳格に閉じ込める監督制度を同時に作ることである。

この点で、日本が目指すべきなのは「外国人を広く疑う制度」ではない。特に中国関連の情報活動を警戒する場合でも、「中国人だから危険」という粗い基準では、本当に問題のある活動を見つけることはできない。対象とすべきなのは、外国政府からの指示、資金提供、通信記録、特定人物への監視、技術情報の取得など、確認可能な行動である。普通に日本で生活し、学び、働く中国人まで一律に監視対象にすれば、本当に重要な対象が大量の無関係情報の中へ埋もれ、捜査資源も浪費される。防諜は国籍ではなく、行動と外国政府との具体的な関係を証拠で追う方がはるかに実効的である。

企業や大学側の防諜教育も同時に必要になる。技術者、研究者、公務員、防衛関連企業の社員が外国側から接触を受けた時、それが普通の交流なのか、情報収集の入口なのかを判断するための知識を持つ必要がある。突然高額な報酬を提示される場合だけでなく、長期間にわたって食事や小さな謝礼を重ね、少しずつ情報提供を求められる手法にも注意しなければならない。大学や研究機関でも、国際共同研究そのものを閉ざすのではなく、軍民両用技術や敏感な研究分野では、相手組織の所属、資金源、研究成果の最終利用先を確認する仕組みが必要になる。

日本が今直面しているのは、軍艦、戦闘機、ミサイルだけで国家を守る時代ではなくなったという現実だ。技術、データ、人物情報、人脈、世論、サプライチェーン、サイバー空間までが国家間競争の対象になっている。中国、ロシア、北朝鮮などを含む周辺環境が厳しさを増す中、日本だけが情報収集と防諜を弱いままにしておけば、経済力や技術力そのものが他国に利用される危険が高まる。だからこそ、スパイ防止法や情報機能強化の議論には大きな意味がある。

しかし、その価値は法律の名前が強硬かどうかでは決まらない。外国政府による情報活動を本当に発見できるのか、先端技術の流出を防げるのか、日本国内での人物監視や影響力工作へ対応できるのか、そして同時に一般市民の通信と自由を守れるのか。その両方を実現できるかどうかが重要である。外国政府の工作を放置すれば、日本の安全保障と産業競争力は傷つく。一方、それを理由に国家が無制限に市民通信を監視できるようになれば、日本が守ろうとしている自由社会そのものが損なわれる。

日本が目指すべきなのは、外国勢力にとって技術や情報を抜き取りやすい国でも、国家が国民の通信を自由に監視できる国でもない。外国政府の工作を早期に発見し、日本企業と研究機関の技術を守り、国外からの影響力工作へ対処しながら、その情報機関自身も司法や独立監督機関の厳しいチェックを受ける体制である。中国を含む外国勢力の情報活動が高度化する中、日本に必要なのは恐怖による監視社会ではなく、証拠と法律に基づいた強い防諜能力だ。外国政府の工作を見逃さず、日本の技術と人々を守りながら、日本社会そのものの自由も守る。その両立こそ、これから本格化する「スパイ防止法」議論で最も重要な論点になる。


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