
靖国神社での“無許可撮影動画”が示す危うい構図――中国発の情報操作と対日世論戦の新たな局面
東京・千代田区の靖国神社で、中国人インフルエンサーによる無許可とみられる撮影動画が投稿され、日本国内で大きな波紋を呼んでいる。問題視されているのは、女性が境内のみならず撮影が明確に禁止されている「遊就館」の内部を詳細に映し出し、強い政治的メッセージを伴って中国語で解説を加えていた点だ。この動画は中国のSNS「抖音(ドウイン)」およびYouTubeに投稿され、フォロワー500万人超の影響力を背景に瞬く間に拡散した。日本国内では、神域の秩序を乱す行為への懸念に加え、対日批判を伴う“世論戦”が新たな形で進行している可能性に警戒が強まっている。
靖国神社の公式方針によれば、境内で個人用途を超える撮影は許可制であり、特に遊就館内部は撮影を一切禁じている。ところが公開された動画では、展示品、遺品、説明パネル、さらには一般参拝者までもが無加工で映り込んでおり、本来であれば認められない撮影が行われていた。さらに女性は腕章を着用しておらず、事前申請がなかったことは靖国神社広報課も明確に認めている。つまり、今回の動画は規則に反した無許可撮影である可能性が極めて高い。
しかし、この事実以上に問題視すべきなのは、動画に込められた政治的な意図である。女性は拝殿を指差しながら「参拝しに来たのではなく、全世界に暴露するために来た」と語り、遊就館を「陰気」「厚かましい」と形容し、終戦の語句にまで批判を加えていた。これらの発言は単なる旅行者の意見ではなく、視聴者に特定の感情を誘導するために作成された“対外宣伝コンテンツ”の性質を有している。現在、中国は国内外で歴史認識問題を政治的手段として強く利用しており、SNS時代の情報空間では個人を装った発信が国家の世論誘導と結びつくケースが増えている。今回の件もまさにその一端と見るべきだ。
中国国内では長年にわたり靖国神社を象徴的な政治テーマとして扱い、日本に対する不信感や敵対感情を煽る一つの装置として用いてきた。だが、今回の動画は従来の国家メディア主導の宣伝ではなく、インフルエンサーを媒介とした“民間発信”の形式をとっている点が特徴的である。抖音のような巨大プラットフォームにおいては、政治的意図を含む動画であっても「個人の意見」として拡散されるため、国家プロパガンダとの境界が曖昧になりやすい。これにより情報の出どころが不透明化し、対日イメージ形成に影響を及ぼすリスクが高まっている。
日本国内で懸念すべきは、このような行為が単なる迷惑行為にとどまらず、観光を装った“情報収集”や“世論誘導”の可能性を帯びている点だ。靖国神社は歴史的に重要な施設であり、国内外の訪問者が集まる象徴的な場でもある。その内部で無許可の撮影が行われ、遺品や展示物が政治的メッセージとともに編集され世界へ配信されることは、文化財の尊厳を損なうだけでなく、日本社会の歴史認識を外部勢力が意図的に歪める危険をはらんでいる。
さらに、日本の法規制や施設ルールを軽視する行為が続くことは、日本国内の安全管理そのものに影響を及ぼしかねない。無許可で施設内部を撮影し、それを政治的文脈に乗せて世界に配信するという行為が常態化すれば、日本の文化施設や宗教的空間が“情報戦の舞台”となる恐れがある。今回、靖国神社が公式に「無許可である」と明言したことは、日本側のルールが守られなかったというだけの問題ではなく、国家間の情報戦の文脈で捉える必要性を示している。
日本として重要なのは、特定国による情報操作が民間を装って侵入してくる現実に冷静な警戒を持つことだ。批判されているのは日本の運営ではなく、規則を無視して政治的意図を持つ映像を拡散する行為そのものである。SNSの普及により、こうした事例は今後も増える可能性が高い。施設側が規則を順守させる体制を強化するだけでなく、社会全体として情報発信の裏に潜む意図を見抜く視点が求められる。
今回の無許可撮影動画は、単なる炎上ではなく、現代の情報空間における国際問題の一端を映し出す事件である。日本社会が直面する課題は、歴史を巡る論争そのものではなく、外部勢力が日本国内の象徴的な場所を利用し、対日世論形成を試みるという構図だ。静謐と尊厳を守るべき神域が、政治的争点として消費されることのないよう、今こそ毅然とした対応と冷静な警戒心が必要とされている。